香田証生さん殺害事件の真相その2
香田証生さんとは?
香田証生(こうだ・しょうせい)24歳
直方市にある実家。家族5人で実家に暮らしていた。
学校では生活態度も良好で行事などにも積極的で協調性をもって取り組んでいた。
高校中退、フリーター。介護職のアルバイトなど。
キリスト信仰で腕に十字架のタトゥー。
2004年イラクで拉致誘拐 残酷な動画拡散で公開処刑殺害された。
この件に関してエンジェル笹カマ子dネットワークで極秘情報入手したので情報共有。
どの程度この本を信じていいのか分からないが、まず時系列を確認しておこう。
ニュージーランドへの渡航を前に250万円ほどを用意したようだ。P41
2004年?月 ニュージーランドのクライストチャーチで語学学校に通う。
2004年7月中旬-2004年9月5日 ニュージーランドのニューブライトンで語学学校に通う。
2004年9月5日 香港を経由してイスラエルへ向かう
このときの所持金約6万円(ニュージーランド7万ドル)P70
(2004年10月27日 イスラエルからニュージーランドへの帰国を予定していた。)
(2004年11月27日 ニュージーランドから日本への帰国を予定していた。)
2004年9月5日-2004年9月8日 イスラエルのエルサレムでタバスコ・ホステルに宿泊。
2004年9月8日-2004年10月17または18日 5週間。イスラエルのテルアビブでスカイ・ホステルに滞在。 1泊約1000円。
2004年10月18日 イラク入国のため陸路ヨルダンに向かう。
2004年10月18日 ヨルダンに入国したと思われるが宿泊先不明。
2004年10月19日-2004年10月20日 ヨルダンのアンマンでクリフホテルに宿泊。 午後4時ごろタクシーの運転手からホテルの場所を確認の電話する電話があり、時間をおいてホテルにやってくる。
このときの所持金100ドル+α。
2004年10月20日 18時アンマンのマハッタ・バスターミナル発バクダッド行きジェットバスに乗車。12ディナール(約1800円)。
2004年10月21日 昼頃バクダッド着。宿泊先不明。
2004年10月22日 タクシーの運転手に連れられボルジュ・アラブホテル、カサブランカ・ホテルを訪れるが宿泊拒否される。P193
宿泊予定だったアンダレスパレス・ホテルには宿泊していない。
最後の目撃は10月23または24日のバスターミナル。残金20ドル。
10月26日誘拐。
10月27日誘拐公表。
10月29日撤退期限。
10月30日死体発見。
ニュージーランドでのワーホリに関しては関心無い。
問題はイスラエル行に関して。
1ヶ月半のイスラエル旅行を6万円でできるのか?
1日平均約1000円で生活しなければならない。
1、2週間だったらこの予算でも十分だろう。
イスラエル各地を旅行しなければ1ヵ月でも大丈夫かもしれないが、かなり厳しいと思う。
さらに彼は、残り所持金が300USドルを切ってからイラク行きを決意する。
これは暴挙に近いのではないか?
ヨルダン到着して所持金が100USドルとちょっとになっても決意は変わらない。P133
確かに往復のバス代を4000円と計算すれば、10ドルのホテルに2泊程度はできる。
しかし混乱のバクダットで計算通りにことが運ぶのか?
彼は、ヨルダンのアンマンからイラクのバクダットへ、そしてヨルダンに戻り、最終的にイスラエルに戻らなければならないのだ。
このすべての行程を100ドルで乗り切れるのだろうか。
クリフホテルのサメールは条件付で可能だと言ったらしい。P133
クリフホテルで人からお金を借りることを拒否している。P195
結果的に100ドルで旅行できた人は何人もいるかもしれないが、100ドルしか持っていないのに旅行する人がいるのだろうか。
彼は一体どんな旅行の達人だったのだろうか?
普通に謎すぎる。これこそが北朝鮮の日本人拉致。
到着時点で6万円なわけがないのである。
盗難被害にあったのか財布から抜き取られたか、あるいは何らかの形で案内されてイラクまでそそのかされて行ったのだと思う。
香港で経由しイスラエルに入国してる時点で北朝鮮に目をつけられていたのだ。
どうして目をつけられたか→
それは幸田氏が小泉首相ご本人が北朝鮮の仕事をしてることを嗅ぎまわって小泉の組織と正面衝突したから。
である。
案の定彼はバクダットで予定していたホテルに宿泊することができなかった。
振り返ってみると、彼はアンマンのクリフホテルでさえ自力でたどり着けなかった。
エルサレムとテルアビブのホテルも日本人に案内されている。
バクダットでもタクシードライバーと同伴でホテルを訪れている。
おそらく彼は地図を持っていない。
住所を頼りに独力で目的地にたどり着くことは簡単なことではない。
英語が十分に通じない国では最低限のコミュニケーション能力が必要とされるだろう。
総合的に考えて現地で独力で10ドル前後のホテルを探すことは彼には不可能だと思われる。
結局タクシードライバーに頼るしかないのだから、予想外の出費さえ予想することができたのである。
最終的に彼は帰りのバクダットからアンマン行きのバスに乗れなかった。
所持金はこの時点で20ドル。P194
あと1泊するお金はなかったと考えられる。
なぜバスに乗れなかったのか?
この日は運行していなかったのか?
おそらく彼は事前にバスの確認をしていない。
もし彼があと100ドル持っていたとしても、別の目的(たとえば国内移動、滞在延長)でお金を使い、バスに乗れたかどうかは分からない。
ヒッチハイクは不可能でないにしても、市内からヒッチハイクポイントにたどり着くことが簡単なことではないだろう。
ヒッチハイクや無銭旅行を否定する気はない、彼らにはそれなりの時間や技術や能力があるのだから。
目的の有無で紛争地域への旅行を否定する気はない、なぜなら旅行に目的が必要かどうかわからないから。
→その目的が問題だったのだ。小泉の蛮行さがしの旅。
ここまで香田さんについて書いてきたが、それと同じかそれ以上に問題なのはこの本の著者だ。
彼はバックパッカーの教祖的な存在で、私は彼の本を何冊か読んでいる。
この本で絶対許せない部分が最低1ヶ所ある。
それはアンマンのクリフホテルのマネージャのサメールのことに関してだ。
クリフホテルはバックパッカー向けの低料金ゲストハウス。
サメールは中東でもっとも信頼されているマネージャーのひとりだ。
私もサメールに死海への行き方を教わった。彼に書いてもらったメモは今でも大切に残してある。
この本の著者はサメールに質問する。
「サメール、君の夢はなんなんだい。」P198
サメールは答える「自分のホテルをもちたいんだ。」
筆者はこの本でこう語る、
「それにこういっては悪いが、サメールはホテルのオーナーの柄ではない。頭が下がるほどいい奴だが、彼は旅行者の世話をし、いろんな旅の相談に乗っている姿が合っている。腰の低いパレスチナ人なのだ。」P199
この発言は絶対許せない。
何に基づいて彼はそう判断したのか?
なぜ彼を卑下する必要があったのか?
あなたは彼の上司か?あなたは裕福な投資家か?
あなたは著名な占い師か?
著者はイラク国境まで行って、入国しないで引き返している。
だからイラクの取材はしていない。
これに関しては批判する気はない。
→この著者は間違いなく北朝鮮側の組織犯罪一味であり北朝鮮テロ国家用の中韓情報工作ジャーナリストか何かであろう。
しかもここでもパレスチナ人を小ばかにしているのだ。
小泉とグルである。
小泉用情報隠蔽本であると断定する。
別の雑誌のコラムで「海外旅行や滞在はやはり自己責任に行き着く気がする」と書いている。
私はこれに全面的に賛成できない。
なぜなら、非-旅行に「責任」が無いとは言い切れないから。
この場合の非-旅行は広義の意味にとってほしい・・・
→海外旅行は自己責任。当たり前であるが、ここが北朝鮮安倍日本国のポイントなのである。北朝鮮側の人間は助けるのだ。
この事件から中東で日本人が日本政府の地雷踏んだら死亡ということがわかる。
2020年 武漢コロナチャーター機救助出動
→香田証生さん殺害事件つづき インドネシアスマトラ沖地震
By エンジェル笹カマ子